
ある授業で面白い質問が浮かんだことを思い出した。その授業の担当の先生は「みなさんの日本語がよくなくても、日本人は直してあげないはずだと思う」と発見された。なぜかというと、それは日本人の習慣かなぁという答えであった。
以前は私はそのことに対してあまり気にしていなかった。しかし、その先生の発言以来、何か分かってきたような気がする。例えば、あなたが「おはようございます」という挨拶をしただけでも、すぐ日本人は「日本語が上手ですね」と褒めるに違いない。まだ何も話さないうちからそのように褒められると簡単に相手が信じられなくなるかもしれない。このことについて、ベトナム人は日本人と全く反対だと思う。ベトナムには「叱るとは本当の愛情を持っているということだ」という諺がある。私が子供のころ、ある時、近所の仲のいい友達と喧嘩をしたことがあった。私が何もしていないのに、彼女は突然泣き出した。母がこのことを知ると、私に一言も聞かずに、私を叱った。どうして叱られたのか全然分からない私は母の顔を見たり、話したりしたくないほど怒っていた。ある日、母から小さい便せんをもらった。そこには「叱った母の心のほうがあなたの心より痛い」と書いてあった。それを読むなり、母の気持ちが分かってきた。大人になるにつれ、母のその時の気持ちが前より共感できるようになった。叱られるというより、叱っていただくと言ってもいいと思う。誰かに叱ったりしてもらうたびに、それから、もっと気をつけて勉強にならないともかぎらないから、自分も少しずつ成長できるようになるのではないだろうか。
ところが、日本人が叱らなかったり、直してくれなかったりするのにはもちろん理由があると思う。頑張っている時に、褒められたら、うれしかったり、幸せな気持ちになったりして、今度からももっと奮闘しなければならないという気持ちが湧いてくる。でも、褒められた方が納得できるように、褒める方が相手のことを考えて褒めたほうがいいと思う。つまり、自分が自分の弱い点などにほとんど気付かないので、褒められることしかされなかったら、そのうち傲慢な性格になってしまう可能性がある。褒められることしかもらえなかったら、いつか慢心してしまうきらいがある。
このように、褒めるにふさわしい場合は、褒めていただきたい。しかし、注意したほうがいい場合は、注意していただきたい。傷つけられた気がする場合もあるかもしれないが、心から出された言葉なら、本当に聞かせていただきたい。
以前は私はそのことに対してあまり気にしていなかった。しかし、その先生の発言以来、何か分かってきたような気がする。例えば、あなたが「おはようございます」という挨拶をしただけでも、すぐ日本人は「日本語が上手ですね」と褒めるに違いない。まだ何も話さないうちからそのように褒められると簡単に相手が信じられなくなるかもしれない。このことについて、ベトナム人は日本人と全く反対だと思う。ベトナムには「叱るとは本当の愛情を持っているということだ」という諺がある。私が子供のころ、ある時、近所の仲のいい友達と喧嘩をしたことがあった。私が何もしていないのに、彼女は突然泣き出した。母がこのことを知ると、私に一言も聞かずに、私を叱った。どうして叱られたのか全然分からない私は母の顔を見たり、話したりしたくないほど怒っていた。ある日、母から小さい便せんをもらった。そこには「叱った母の心のほうがあなたの心より痛い」と書いてあった。それを読むなり、母の気持ちが分かってきた。大人になるにつれ、母のその時の気持ちが前より共感できるようになった。叱られるというより、叱っていただくと言ってもいいと思う。誰かに叱ったりしてもらうたびに、それから、もっと気をつけて勉強にならないともかぎらないから、自分も少しずつ成長できるようになるのではないだろうか。
ところが、日本人が叱らなかったり、直してくれなかったりするのにはもちろん理由があると思う。頑張っている時に、褒められたら、うれしかったり、幸せな気持ちになったりして、今度からももっと奮闘しなければならないという気持ちが湧いてくる。でも、褒められた方が納得できるように、褒める方が相手のことを考えて褒めたほうがいいと思う。つまり、自分が自分の弱い点などにほとんど気付かないので、褒められることしかされなかったら、そのうち傲慢な性格になってしまう可能性がある。褒められることしかもらえなかったら、いつか慢心してしまうきらいがある。
このように、褒めるにふさわしい場合は、褒めていただきたい。しかし、注意したほうがいい場合は、注意していただきたい。傷つけられた気がする場合もあるかもしれないが、心から出された言葉なら、本当に聞かせていただきたい。
真面目なMisaさんへ!
返信削除オアンさんの文章を読んで、よく勉強したといことが分かりました。
~てというもの~ともなるとなどの色々な文法を使えましたから。それはよかったと思います。
同じことでも、人によって感覚も考えもずいぶん違うでしょうね。
オアンさん、素晴らしい作文ありがとうございます。
返信削除第三作品のテーマとしてみんなが自分の観察または悩みを基にして本当に深刻で、身近なテーマについて書きました。オアンさんも例外ではありませんが、私はその「お上手ですね」という話を苦笑しながら、読んでいました。私もオアンさんと同じに、むだにほめられていたり、やさしい言葉に甘やかされたりするより、悪かった時、正直な批判を、普通よりよくできた時、価値のあるほめの言葉をもらいたいです。
オアンさん、作文が上手にできたと思います。特に気に入ったのは動詞の使い方です(~てもらう・受身など)。
オアンさん、
返信削除日本人は全然直してくれませんか。外国人は本当に直してもらいたいですか。実は、この二つの質問の答えは、人によって違うと思います。このテーマについて日本人と外国人にアンケートをして見たら、面白いと思いますが、オアンさんはどう思いますか。
私に聞いたら、回りに直してくれる日本人もいるし、日本語についてあまりコメントしてくれない日本人もいます。直してもらった時、教えてくれて、良かったという日もあるし、少し気分が悪くなったり日もあります。
私も学生時代に、日本人に上手ですねと言われたとき意味があまり深く考えなかったです。たぶん、本当に上手だから言われたと思っていました。それはただ挨拶の種類として使われていると習ったのは、つい最近のことです。
返信削除私も本当の気持ちを表すことを言われるのが好きです。
キルギス語にも同じ意味のことわざがあります。だからオアンさんに同意しています。
私にとっては日本人が簡単に褒めるのが人を励ましたく、日本語を勉強している外国人にありがたい気持ちを表したいからだと思います。日本人に頼めば、積極手に私たちの日本語を直してくださいますよ。
返信削除「褒める」「アドバイス」「厳しく言う」のが適切にすればいいと思います。
オアンさん、すごい興味深い話です。この作品を読んでオアンさんはどのような人なのか、つまりオアンさんの心をわかることができます。
返信削除対したことではありませんが、オアンさんは作品の中に日本語能力試験1級の文法を良く使いましたね。きっと、ちょうど1級の準備をした時にこの作文を書いていたのではないかと思いました。
オアンさん、
返信削除オアンさんの素直な気持ちはこの文章でよく分かりました。そうですね、外国人の私達にとって、褒められるのはもちろん嬉しいが、間違った時も直していただけると凄くありがたいことです。
何よりも、この文書に出た「叱った母の心のほうがあなたの心より痛い」という文は私の心に響きました。母親って子供を育てるのに大変だそうですね。私も子供の時、いつも母に叱られた。(笑)マレシア人もベトナム人と同じ考え方です。「嫌いだから怒るのではなく、愛情があるからこそ怒る」とよく言われます。
面白い文章を読ませてもらって、ありがとうね。
(^-^)
やさしいオアンちゃん!
返信削除面白い作文、ありがとうね。
とても上手に書けましたよ。
特に、「叱った母の心のほうがあなたの心より痛い」という所が大好きです。("_*)